ショートショート「“行き止まり”行き切符」(3400文字)

ショートショート-Novel-

 ある時、男が人気のない道を歩いていると、駅の改札を見つけた。改札の脇には駅員が腰掛けている。

  その町に引っ越してきたばかりで土地勘がなかった男は、自分が知らない駅を見つけたところで特に疑問は抱かなかった。

「こんなところに駅があったのか」

 もしかすると、今後の移動に使えて生活が便利になるかもしれない。男は心を躍らせた。

 しかし、一見したところ目の前の駅から伸びる線路は見当たらない。地下を経由していく電車なのだろうか。

 男は改札のほうへ近付き、駅員へ声をかけた。改札の向こうには電車が一台止まっている。

「すみません。ここの電車はどこへ行くのでしょうか?」

 すると、駅員はすっと男のほうへ向き、無表情でこう答えた。

「行き止まりです」

「え?」

「この電車は、行き止まり行きです」

 男は駅員が言っていることの意味が分からなかった。”行き止まり”行き……?

終点のことだろうか。もしくは、自分が知らないだけでそのような地名があるのだろうか。

「あの……行き止まりというのは?」

「ご乗車されますか?まもなく発車します」

 駅員は一切の表情を変えずに、男の質問には答えず逆に質問で返してきた。

 男は訝しがったが、これから特に用事があるわけもなかった。質問に答えてもらえないのは少し癪にさわるが、細かいことを気にするよりも乗ってみるほうが早いと考えた。

「分かりました。切符はどこで買えばいいですか?」

「切符はこちらで発行します。運賃はかかりません」

 運賃がかからないと言う駅員に男は耳を疑ったが、むしろ詳細が不明なその電車に一層の興味が湧いてきた。

 駅員が手元の機械を操作すると、すぐに一枚の切符が発行され、それが男に手渡される。

 切符には出発駅である地元の駅名と”行き止まり行き”とだけ印字され、乗車時間などその他のことは一切記載がなかった。

——プルルルルルル……

 男はさらに疑問を募らせたが、その瞬間、発車の合図を知らせるベルが鳴った。考える間もなく、男は手に持った切符を改札に通し、電車に飛び乗った。

 男が乗車した途端、扉はプシューッという空気音と共に閉じられ、電車がゆっくりと動き出す。

 慣性によろけながら、男は起毛の座席に腰掛けた。周りには乗客はおらず、電車が次第に速度を上げていく振動音だけが聞こえる。急いで乗ったせいで確認する暇もなかったが、この電車は男が乗っている一車両だけのようだ。車両の前には運転席に座る車掌の背中、後ろにはたった今出発した駅が見えた。

『本日はご乗車頂きありがとうございます。この電車は行き止まり行きです』

 電車内のスピーカーから機械的なアナウンスが聞こえる。男は手に持つ切符を見返した。字面も、やはり思っていた行き止まりと同じだ。一体この電車はどこに向かうのだろう。

『次は——、道の行き止まりです』

 道の行き止まり? 男が疑問を感じるのとほぼ同時に電車は停車した。しかし、扉は開かない。扉の先に見える景色も駅のホームではない。

 男は前を向いた。そこは、周囲をレンガで覆われたまさしく”行き止まり”だった。

「なんだこれは……?」

 男が考えを巡らせる間もなく、電車は扉も開けず元来た線路をバックし始め、分岐路まで戻ると再び前へと進み始めた。

『次は——、危険の行き止まりです』

 男は訳が分からなかった。最初に駅を見かけた時から違和感は大きくなるばかりだ。好奇心に負けてこんな電車に乗らなければよかったと後悔さえし始めていた。

 と、その時、前方の運転室から駅員の制服を身につけた車掌が乗客室へと扉を開けて入ってきた。

「本日はご乗車ありがとうございます」

 車掌は男に向けて深々と頭を垂れた。

「こ、この電車は……?」

「この電車はご乗車されたお客様の様々な行き止まりを示す電車です」

「行き止まり……?」

 男は車掌の言葉を反芻することしかできなかった。車掌はそんな男の様子は意にも介していない様子で訥々と話を続ける。

「はい。例えば、先ほどの道の行き止まりは誰しもが一度は遭遇する経験です。そんな、あなたがこれからの人生で経験する行き止まりをこの電車ではご案内しております」

 男はやや黙考した後、口を開いた。

「と、いうことは、これからさっきみたいな道の行き止まりが何度も続くっていうことか?」

 知らない土地へ行けば道に迷ってしまうことなんてざらにあることだ。行き止まりにだって何度も遭遇するだろう。しかし、それを見せることに何の意味がある?  と、男はそんな思考を巡らせる。

「人生で遭遇する行き止まりは、何も道の行き止まりだけではありません」

 車掌がそう言ったとき、電車内のスピーカーから機械的なアナウンスが聞こえてきた。

『間もなく——危険の行き止まり。危険の行き止まりです。急停車にご注意ください』

 すると、電車が進む先に突然、向かい側から大型のトラックが突っ込んできた。

「うわあっ!」

 電車に急ブレーキがかけられ、慣性で男の身体は手すりへ押し付けられる。突然の出来事に男は身をすくめたが、しかしそれ以上の衝撃がやってくることはない。男が恐る恐る目を開けると、そこにトラックの姿はもうなかった。

「これは、危険の行き止まりです」

 急ブレーキがかけられた影響など微塵も受けず、先ほどまでと全く同じ場所に立ちながら車掌は男へ向けて語りかける。

「これからの人生であなたが経験する危険です。切符を見てみてください」

 まだ心臓が早鐘を鳴らすように脈打っているのを感じながらも、車掌に言われるがままに男はポケットの中の切符を取り出す。すると、切符には乗車した際にはなかったはずの未来の年月日と時間の秒数までが印字されていた。

「それが、あなたが先ほどの危険に遭遇する日時です。くれぐれもお気をつけを」

「俺がこのことを知らず、トラックに遭遇していたら……」

「もちろん、死が待っています。行き止まりとは、そういう意味です」

 男は背筋が凍るような思いがした。それは臨死体験をしたのはもちろんだが、自分の危険をあらかじめ察知できることができるとはまさか思っておらず、今の自分が置かれている異常な状況に対してだった。しかし……。

「ここで体験する行き止まりにさえ気をつけていれば、俺は事故や事件では死なない、ってことか……?」

 もしかしたら、思ったよりも良い経験を自分はしているのかもしれないとも男は思った。それはつまり、長生きできるということだからだ。

「概ねその通りでございます」

 車掌は表情を変えず、男の質問に答えた。

 男は未だこの状況を受け入れ兼ねていたが、車掌の言葉を聞くと少し安堵しながら、懐に持っていた自分の手帳に切符の情報を書き留める。この日時に気をつけてさえいれば少なくともトラックに轢かれて死ぬことはないからだ。

 男が切符の情報を書き留めていると、電車は再び発車し、そしてアナウンスが流れた。

『次は——終点。人生の行き止まり。人生の行き止まり——です』

 男は耳を疑った。人生の行き止まりだって?  どういうことだ?

「お客様、間もなく終点です。下車のご準備を」

 車掌はそう言うと、前方の扉を開け運転席へと戻っていってしまう。

「おい! 一体どういうことだ!」

 男は運転席に座る車掌の背中に向けてガラス窓をガンガンと叩き迫ったが、車掌は振り返らずそれ以上口を開くこともなかった。

『間もなく——終点。人生の行き止まりです』

 機械的なアナウンスが車内に響き渡る。電車は減速していき、間もなく完全に停車した。

 プシュ——ッ。空気音とともに乗降口の扉が開かれる。男は怯えながらも扉をほうを見やった。

 扉の先は、他には何もない真っ暗闇が広がっている。

 男には手に持った切符の印字を見る勇気はなかった。

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